こんにちは。福岡のライター、大塚拓馬(@ZuleTakuma)です。
今回は福岡の劇団「ナシカ座」(@nashikazafuk)の制作をされているみなみぶちょー(@minachinami )より取材依頼をいただきました。
一生懸命準備していたものが、突然中止になった経験はありますか?
実は僕、そういう経験がありません。一生懸命準備したのに失敗した経験はたっぷりありますが、「そもそもできなくなってしまった」ということはない気がします。
現在、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、エンタメ業界でそのようなことがたくさん起きています。
「ナシカ座」も例外ではなく、一生懸命準備してきた「一番星」というお芝居の公演が延期となってしまい、本番当日に稽古場で無観客公演を行うという経験をしました。
今回は「ナシカ座」のもつ魅力、そして「ひとつの公演ができなくなるということがどういうことなのか」について、お話をうかがいました。
- 「ナシカ座」の「一番星」無観客公演を取材
- 「ナシカ座」はプロ野球より甲子園を目指す
- 大所帯の俳優チームを二人で統率する舞台裏
- 公演ができなくなるということ
- 無観客公演を経験した「ナシカ座」の公演は必見!
「ナシカ座」の「一番星」無観客公演を取材
みなみぶちょーから取材依頼を受けた僕は、まずナシカ座「一番星」の無観客公演を取材しました。※緊急事態宣言前に取材しております。
▲延期になった「一番星」のポスター
「無観客公演」と聞き、僕は本来公演を行う予定だった会場で、ただ観客がいない状態で行うものと思っていました。
しかし、会場はこちら。
本来、公演を行う予定だった会場が新型コロナウイルス感染拡大の影響で使えなくなってしまっているので、日頃稽古で使用しているホールで行われたのです。状況の厳しさを感じました。
本日公演を行わないB組など、関係者の方々だけが集まる中での公演です。
こんな至近距離でお芝居を観る経験もなかなかないでしょう。なんだかこっちが緊張する。
最初にナシカ座主宰の内田好政さん(@uchidakousei)より、延期になった状況の説明を交えた挨拶がありました。
▲模擬セットの説明もしてくれた
今回のお芝居の舞台はホストクラブ。ホール内の椅子が、ホストクラブのテーブルと席を表していることを教えてくれました。
いよいよ開演です。
きれいな衣装に身を包んで登場した俳優の方々。
本来なら今日、目の前には満席となった客席があったはずです。しかし、視線の先は稽古場の見慣れた壁。
▲目線は上を向いていますが目の前は壁です
壁の向こうに、何を見ていたのか。
複雑な気持ちになるのが、脚本の中で豊富に散りばめられた「ジョーク」のシーン。
お芝居のジョークによる「笑い声」は観客と舞台とのコミュニケーションだと思います。
今日はどんなに力を込めて演じても、大観衆の笑い声は聞こえてきません。
それでも、全力で演じる俳優さんたち。
至近距離で見たせいか、印象に残っているのは俳優の方々の「表情」。
観客のいない本番で、自分のために手を抜かずに最高の演技をしようとする姿。
一人ひとりがどんな気持ちで演じているのか、僕にはわかりません。
しかし、表情を見ていると、今日に向けて、どれだけていねいに準備をしてきたのかがよくわかりました。
本来なら5回公演だった「一番星」A組の1度きりの本番は、人数は少ないけれど心のこもった拍手を受けながら、幕を閉じました。
「ナシカ座」はプロ野球より甲子園を目指す
▲一番星の無観客公演を終えたA組の皆さん
無観客公演を終えてから約3週間後。
僕は、今回の依頼主である「ナシカ座」制作のみなみぶちょー、「ナシカ座」主宰の内田好政さんにオンライン通話でインタビューを行いました。
――そもそも「ナシカ座」はいつからスタートしたんですか?
みなみぶちょー(制作):旗揚げ公演を行ったのは2018年4月ですね。今回の公演「一番星」は公演5作目でした。これまで、すべて主宰の内田が脚本を書いた新作を演じています。
――「ナシカ座」には何人くらいの団員が所属しているんでしょうか?
内田さん(主宰):ナシカ座に所属しているのは、主宰の私と制作のみなみぶちょーの2名のみです。出演する俳優さんは、公演ごとにオーディションを行って集めています。
――出演している俳優さんは「ナシカ座」に所属しているわけではないんですね。オーディションを受けに来る人はどんな人が多いですか?
みなみぶちょー:俳優を目指している方がほとんどなんですが、「ナシカ座」は俳優専門の人ばかりを使おうという意思はないんです。「やる気重視」ですね。だから、普段はアイドルとして活動したり、芸人をやったりしてる人も多いですよ。
――えっ、でも俳優専門の人でスキルが高い人がオーディションを受けるなら、やっぱりそっちの方がいいでしょう? お芝居のクオリティも上がりますし。
内田さん:いえ、とにかく「やる気」「人柄」重視ですね。
――ええっ、本当ですか? それはまたどうして……?
内田さん:「ナシカ座」の芝居ではキャリアが浅いからこそ出せる「熱量」を大切にしているからです。テクニックでクリーンヒットを打つより、ボテボテでも必死に走ってヘッドスライディングで勝ち取ったヒットの方が、人を感動させるという考えがあります。だから、スキルが高い人でもオーディションで落ちることはありますね。
――一度のお芝居のために熱量を持って、がむしゃらに取り組んでくれる人を求めているんですね。
内田さん:「ナシカ座」は、イメージで言うとプロ野球より甲子園を目指しています。「ナシカ座」に出演する俳優はキャリアは浅いですが、みんながむしゃらなんです。各俳優のキャリアの中で「今」だからこそのアツい姿を見せてほしいと思っています。
――必死に輝こうとしている原石を見る感動を追い求めるのが「ナシカ座」さんならではの魅力ということですか。
内田さん:はい。「人柄はお芝居に出てくる」と信じているんですよ。テクニックではなくて、お芝居からにじみ出てくる「人間」まで見てほしいと思います。
――なるほど。「ナシカ座」の公演を経験した俳優さんって、その後の芸能活動に変化はあります?
みなみぶちょー:公演後に「俳優一本でやっていく」と決断する人が多いですね。公演後の1年で上京する人も多くいます。
――へえ、「ナシカ座」での公演が本当に人生の岐路になっているんですね。甲子園と一緒だ。
「ナシカ座」が誕生した経緯
――内田さんが「ナシカ座」を立ち上げようと考えたきっかけは何だったのでしょうか?
内田さん:僕が芸人を引退したのがきっかけですね。15年間芸人をやっていて、次の仕事を悩んでいたんですよ。
――内田さんは元芸人だったんですね! なぜお芝居をしようと思ったんですか?
内田さん:芸人時代の事務所が劇団をやっていて、それを10年くらい手伝っていたんですよ。自分が芸人時代にネタを書いていたこともあって「コメディをメインにしたお芝居がしたい」と思うようになりました。
――なるほど。過去の経験を生かした選択だったわけですね。みなみぶちょーと一緒にやることになったきっかけは何だったんですか?
内田さん:ナシカ座が発足して1年経ったときに、当時の制作担当者が離れることになり「信頼できる人が誰かいないか」と考え、みなみぶちょーに声をかけました。
――みなみぶちょーとは以前からお知り合いだったんですね。
内田さん:芸人時代に自分がネットでアイドルの番組をやっていたんですけど、その時みなみぶちょーがアイドルグループをプロデュースしていまして。そこで知り合いました。
――みなみぶちょーはアイドルのプロデュースをされていたんですね! その経験が今に生きることはありますか?
みなみぶちょー:若い子とのコミュニケーションという部分では似た面がありますね。あとは人脈ですね。お芝居をする様々な場面で、これまでの芸能活動などで得た人脈を全面的にフル活用しています。
大所帯の俳優チームを二人で統率する舞台裏
――ひとつの公演をやるのに、どれぐらいの時間がかかるんですか?
みなみぶちょー:公演によって差はありますが、オーディションでキャストが決まってから、だいたい2か月ですね。
――お芝居のキャリアが浅い人でも2か月であそこまでの演技ができるようになるんですね。
内田さん:約2か月間、みんな真剣に演技と向き合っていますからね。脚本でも工夫していて、一人ひとりの俳優の個性を生かした脚本を心がけています。
――そういえば「ナシカ座」の「一番星」はA組とB組がありましたね。全部合わせるとかなりの人数になると思うのですが、2か月間でよく統率できますね。
内田さん:福岡でもトップクラスの大所帯ですからね。やっぱりトラブルはありますよ(笑)いざこざがあった子たちが泣きながら千秋楽を迎える様子は、何回見ても感動しちゃいます。
――なんだかテレビの学園ドラマみたいな世界ですね。
みなみぶちょー:いや、でも本当にそんな感じですよ。「あの子が苦手」とか言ってても、本番始まったら円陣組んで、握手して。「頑張ろう」と言い合ってるんですよね。若いからこそ振り幅が大きくて。そういうのを見ていると「楽しみだなあ」と思うし、飽きませんよ。
――2か月でそれほどのチームワークが形成されるんですね。「ナシカ座」は毎回、公演の集客が多いようですが、集客面でもそのチームワークが生きているんじゃないですか?
内田さん:そうですね。せっかく楽しみにして来たお芝居で客席がガラガラだとお客様に失礼だと思っています。満杯の客席で見るお芝居はよいものなので、その状態を目指したいと思っているんです。
――なるほど。満員のお客さんの前でよいお芝居をして、思いっきり感動してもらうという状態を目指しているわけですね。
内田さん:俳優のよい演技、お客様の感動、満杯の客席。この3つがそろって、初めて成功だと言えます。俳優たちにも、プロのエンターテイナーとして、成功のためにはチケットを売ることからは避けられないことを伝えています。
――俳優の方々は、とにかく自分が一生懸命頑張ってきた芝居を成功させるために、一生懸命チケットを売っているんですね。
みなみぶちょー:ただ単に「お願いだから見に来て」と頼み込むのではなく、自分がこれまで一生懸命に頑張ってきた素晴らしいお芝居なので「観ないと損だよ」くらいの熱量を伝えるように言っています。
――「しっかりチケットを売る」ということをとても大切に考えてらっしゃるんですね。その結果がキチッと集客数に出ているということなんですね。
内田さん:そうですね。チケットをしっかり売ってお客さんを集めているので、それに見合うセットはもちろん、音響や照明にはこだわっています。観劇の際には、そちらも注目していただきたいですね。
公演ができなくなるということ
――そのように大切な公演に向けて全力で準備してきた中の延期、そして無観客公演でした。延期が決まったのはいつのことだったのでしょうか。
内田さん:延期が決まったのは本番の4日前ですね。市で劇場を閉館することが決まり、こちらはもう手も足も出なかったです……。
――4日前! 4日前ですか……。
【新型コロナウイルス感染拡大に伴う第5回本公演に関するお知らせ】
— ナシカ座 (@nashikazafuk) 2020年3月20日
日頃よりナシカ座を応援いただき、誠に有難う御座います。3/24〜29に予定しておりました第5回本公演に関しまして、延期とさせていただく事と致しました。楽しみにお待ちいただいた皆様、関係者の皆様におかれましては大変なご迷惑を pic.twitter.com/mu7vVzUx0p
▲本番の4日前に決定し、当日発表された
みなみぶちょー:まさに気持ちが高まって、いよいよ本番に向けて気合が入ってきたところでした。その日は通し稽古の予定で「良いものを見せますね」と俳優から直接連絡とかも来ていました。その後で、延期を発表しないといけなくて……。
――しかし、4日。4日ですか。僕がこの目で見たあの俳優さんたちは、4日前に観衆の前でお芝居ができないということを知らされたばかりだったということですよね……。
みなみぶちょー:4日前に中止が決まるなんて、通常ではまずありえないことなので……。無観客公演をやりながらも、状況をうまく飲み込めていない状況でした。
――しかし、俳優さんたちはその状況で、よく本番にあそこまで力を出し切りましたね。あの状況で気持ちを切らさずに全力を出せた経験は、どんな道に進もうと、絶対に今後に生きると思います。
みなみぶちょー:ありがとうございます。「一番星」は延期ということになっていますが、また同じメンバーで集まることは難しいんですよ。
▲無観客公演後に抱き合う俳優さんたち
――そうですよね。今回の公演に向けてオーディションして集めたメンバーであって、「ナシカ座」に所属しているメンバーじゃないですからね。
みなみぶちょー:そうです。みんなそれぞれ芸能活動をやっていますので。それでも、再公演はできる限り、集められる限り、今回のメンバーでやれるようにしたいと思っています。
――チケット収入がすべてなくなったわけですから、いろいろとたいへんなことがあったと思うんですが……。
内田さん:4日前だったので、本番用のセットは完成していました。音響も照明も準備できていたし、チラシのデザインもしてもらっていたんです。いろんな諸経費は売り上げが出てからお支払いするんですが、出ていないので……。
――払うのが厳しいですよね……。
内田さん:ずっと昔から一緒に頑張って協力してもらった間柄なので「支払はいいよ」とは言ってくれるんですけど、それは申し訳ないですし。有事の時でも周囲に迷惑をかけないように「劇団の体力をつけたいな」と思いました。
――なるほど……。やはり1公演のキャンセルというのは、いろんな職種のいろんな人がいろんな影響を受けているんですよね。
みなみぶちょー:私は今回の件を通じ「これだけ多くの人数がみんなでお芝居できる」ということ自体が奇跡のようなことなんだと、改めて気づかされました。「できなくなる」なんて想像すらしていなかったので。
――そうですよね。普段はエンタメを受け取るだけの私たちも、キャンセルの裏で何が起こっているのか、想像できるようにならないといけないなぁ……。
みなみぶちょー:今もなお「楽しいことをしたい」という気持ちだけは出てきます。でも、今は先の見通しがまったく立たないので、楽しいことをなかなか考えられません。
――もどかしい気持ちだけが残りますよね。
みなみぶちょー:そうです。「一番星」の再公演をいつにします!と早く言いたくて仕方がないのに、それさえも叶わないのがもどかしいです。家から出ることもままならないので……。
――しかし「終わりがない」ということはないと思います。終息すれば「ナシカ座」さんも「お客さんの前でお芝居ができる」という喜びをかみしめられる、これまでにない復帰公演が実現できると思います。
内田さん:そうですね。コロナが終息しましたら、その反動で「一番星」の再演以外にもどんどんナシカ座の舞台をやっていきたいと思っています。ぜひたくさんの人に楽しんでいただきたいです。よろしくお願いします。
――本日は貴重なお話をありがとうございました!
無観客公演を経験した「ナシカ座」の公演は必見!
「ナシカ座」の公演は「プロ野球より甲子園」というお話が、実際に無観客公演のお芝居を拝見した印象とぴったりマッチしていて、印象に残りました。
「ナシカ座」の公演に出演する俳優さんたちは所属俳優ではないので、公演後の活動はそれぞれの道に進みます。
「ナシカ座」で気になった俳優さんがいたら、Twitterやインスタをフォローして、その俳優さんの今後の活動を応援するという楽しみ方もできるのです。もしかすると、俳優として大成功を収めるスターが現れる可能性も十分あります。
ぜひ、新型コロナウイルス感染拡大の影響が終息し、観劇を楽しめる世の中になったら「ナシカ座」の公演を観に行ってみてください。
とくに次回の「一番星」の公演は、役者と観衆の全員で「お芝居」の喜びを再確認できる素晴らしい機会になるはずなので、必見です。